Blue Monday

好きなものを好きなだけ

MOTHER3を、大人になって、初めてやった

12とプレイしてみたので、せっかくなら3も、ということで今更3も初めてやってみました。
バーチャルコンソールでの配信が決定したそうで、偶然にもとてもタイムリーです!


3については評価が別れているようですが、12をプレイした心持ちで3をはじめると、拍子抜けしてしまうのは確か。

まず、12のように私は「ぼく」ではない。
3は「ぼく」の冒険の物語ではない、ノーウェア島に住む少年「リュカ」の物語を眺めるものだ。
しかも、リュカがプレイヤーを代表しているかといえば、そうでもない。
リュカはどちらかといえば特殊な境遇に生まれた少年だ。

そして、2までは、主人公が寡黙であること、そして世界について多くのことが語られないために、不可解な現象の連続に身を任せているうちに、それはまるで私の世界のどこかの端の延長線上に存在するのかもしれない気がした冒険であった一方で、3は世界のことが多く語られる。
ゲームが進行するにつれて、こういう出来事があったのだから、このタツマイリはこうなったのだ、ということがゲームの中で決められ、ある種の思い込みを強制させられる。

そしてリュカの境遇はあまりにも暗い。

また、操作するプレイヤーがすぐに変わる。
よくわからない人間をよくわからないまま操作させられる。
2までは、冒険が進むにつれて「ぼく」に対する思い入れが強まって行くものだったけれど、こんなにもすぐに変わってしまうから、しばらくゲームの中での定位置を見つけられずにいる。

こういう点で、初めは少しゲームを進めるのが億劫になってしまった。

でも、最終的には私は3が一番好きになった。

まずは、単純にゲームとして2よりも便利になったこと。
そして、音楽好きがにやにやしてしまうようなものも含めて、耳になじみやすい音楽に合わせた、サウンドバトルが面白いこと。
中ボス戦で使われる「いわれなきリベンジ」は、本当に名曲。

「いれれなきリベンジ」は中盤の掛け合いが4パートあって、その音色がそれぞれ違う、そして最後には大きなクライマックスを迎える。

まるで4人が力を合わせて戦っているようで、そして私はリズムに合わせてボタンを押す、その身体の感覚は、どこか神秘的な高揚感がある!
そして2から引き継がれたカウントダウンHPのタイムリミットという制限もまた、良いものでした。(リズムに合わせてボタンを押したいがために面倒な戦法をとってみたり、タイムリミットに焦りながらもところどころリズムを打ってみたり、とか。)

また、ゲーム随所で流れる「あのお方のテーマ」が、手を替え品を替えあらゆる変奏曲として流れてくるのは嬉しい物で、ゲームが進むにつれて、曲の全貌が明らかになっていく演出がよかった。


そして、このゲームでも泣いてしまったのは、ストーリーでもエンディングでもなく、やはり123とシリーズをプレイしたプレイヤー自身に関わる演出の部分。
そういう面では2のようなものを3にも求めていたのかも知れない。

まず「ポーキーのポーキー」。
3和音のファミコンのような音源、コードを聞かせるための高速アルペジオゲームボーイ世代の私にとっては懐かしい音で、それは恐らく2の世界が本来の居場所であったポーキーにとっても懐かしいものであって、やはりそのSFCに執着するポーキーの痛切な心が表れていて、とてもかなしい。
あのSFCの世界にしがみついていたい、ポーキーも少年の頃に戻ればやり直せるかもしれない、しかし愛情、友情、そして冒険という不完全だった少年時代に対する未練と執着、そして私のような大人の少年時代への懐古、それらが重なり合う、痛切な音。
そして、ポーキーが出てくるということが、なんとなく予感していたラスボスで、彼が姿を表すことに、エンディングの気配、このゲームの終わりを悟り、またゲームをおいて元の世界に戻らなければいけない、というような切ない感覚も滲んでくる。
そのような感覚は、何度も繰り返し聞かされて来た音楽のアレンジが試行錯誤して完成したような「ホントのWELCOME!」、ニューポークシティの「映画館でせんべいは食べないで」やDCMC最後のライブ、そして、「ポーキーのポーキー的な前作からの締めくくりを思わせるのは、「タイム・パッセージ」「だれかさんのおもいで」でも感じた。

リュカの成長、家族の絆、それはそれでいいお話なのかもしれない、それでも、それより、自分にとってのこのゲームの存在と現実という舞台が、やはり頭の中によぎってしまう。
それはおそらく2でも物足りなくなってしまった自分にくれた、少年としてプレイするための最後のゲームとして与えられたものがマザー3だったように思う。

もちろん、最後にはまた戻って来てね、何度でも会えるから、と言われる。
1のマジカントと同じように。
私はまだ、マザーに戻って来れる。


そしてもう一つ、私が3を好きになった理由。
それは、ネスよりもリュカが好きだからです。

3のポーキーを見れば、ポーキーを止められるのはネスだけだったのではという気持ちになる。
思えば、ネスは非常に恵まれている。
優しい家族、仲間、ガールフレンド、そして運命付けられた少年としての冒険。
決して嫌いというわけではないけれど、なんだかそういうものが当たり前のように用意されていることが、少し憎らしく思えてくるようになってしまった。

リュカには色々なものが欠けていた。

しかも、リュカの冒険は、運命付けられたものではなかったようにも思う。
ハリを抜く適任者としての資格も、彼と決まっていたわけではないように感じた。
それはタツマイリの村がひとつの劇であったという話からも、リュカがハリを抜く係として皆に思い込ませる結果となったとも考えられる。
はじめにいろいろなキャラクターを操作して、最終的に3人+犬に落ち着くというストーリーは、おそらく英雄、2で言うような運命付けられた人間、になる可能性のあったキャラクターを操作していたのでないかと思う。
リュカを最終的に主人公にするという演出は、リュカが強くなることを他のキャラクターよりも強く望んだ人物だったから、という演出なのではないか。

ところで、フリントはフランクリンバッチを持っていて、「祈ればどうにかなるんじゃなかったの?おとうさん?」という趣旨のリュカのセリフから、ネスと何か関係あるのでは、と勘繰ってしまう。
もしフリントがネスの将来の姿であるとすれば、または、ネス的な役割のものとして描かれているとすればどうだろう。本作で操作パーティに入らなかった彼は、冒険の可能性を捨てた人物ということになる。
やはりネスは、ネス的な人物は、仲間と、家族という恵まれた環境がなければ、世界を救えなかったのではないか。

そしてガールフレンドを救ったサルサは、冒険の仲間からは去って行く。

一方リュカは、クマトラは、ダスターは、身の回りが不完全ながらも自立して、強くなっていった。
そして、不完全だったポーキーが、彼らとは正反対の方向へと向かって行ってしまった者が、最後の、悪役。
3は、「かぞくがいなくてもつよくいきる」ということがテーマなのではないか?

と頭によぎる。

 

そしてリュカが「ぼく」ではなくて「リュカ」として認識される。

その家族の境遇も、一般的に言って、多くの人は「ぼく」の側の人間である可能性が高く、「リュカ」という、少し異質な立場の人間の物語も、しばらく傍観していってくれないかということなのではないかと思う。

そして、リュカの物語に付き合うと、最後には、リュカらしき人物が「ありがとう」という言葉をかけてくれる。


そう結論づけたとき、私はネスよりもリュカの方が"かっこいい"、と思った。

ところで、2と3の間には10年の年月の隔たりがあるが、その間に世界も大きく変わってしまったと思う。
ステータスで評価されるよりも、何ができるかということに少しずつ、少しずつだけれど、社会で行きのびるために必要な人間の資質が傾いて行っているような気がする。
学校を卒業すればもう大丈夫、いい会社に入ればもう大丈夫、家族がいれば大丈夫、というわけでは、必ずしもない。

2では、私は冒険を終えてしまえばもう大丈夫だという錯覚を持った。
ネスはきっと立派な大人になり、結婚して、幸せに暮らすんだろう、という余韻が、ゲームを終えた後に残る。
しかし、3は?
新しい世界が作られただけだ、新しい白紙の世界で、また人は少しずつなにかを絶えず築いていかなければいけないはずだ。
リュカは、ゲームの中でも、つらい経験から立ち直って、少しずつ強くなって、自己を更新していった、それはゲームが終わったから終わるものではなくて、そのあとも生きている限り永久に続けていくものだろう。

2では、ゲームが終わるとき、友人を得て、ガールフレンドを得て、賞賛を得て、と、なにか得るものがある。
ではリュカは?
リュカの冒険で得た物がないわけではない、確かに仲間もいた、しかしそれはほとんど内面的な成長で、社会的な、物質的ななにかではない。
そういったものに頼って、変わっていくことをやめてしまうのは、もう違うことなのかもしれない。

リュカは、最近の、もしかしたらこれからの、新しいヒーローなのかもしれない。
もちろん2のような生き方が完全になくなるわけではないだろうし、そういったものを否定する気はない、理想的な人生の一つの形ではあると思う。
そういった今までも一部の人々の夢であったし、これからも一部の人々のあいだでは夢であると思う。

しかし、他の一部の人々は、これまでもそのような人々はいたけれど、リュカのような生き方を望みはじめている、またはそうせざるを得ない状況に置かれている。
そして私も、その人々の一部だと思う。

やっぱり私は、リュカとマザー3が好きだ。
そして私も、私の世界で生きて行こう、と決意する。 

 

おまけ

ブッコワシ賛歌のオーケストラアレンジを作ってみました

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