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Blue Monday

好きなものを好きなだけ

フリースタイルダンジョンの観覧に行った

フリースタイルダンジョンの観覧に行った。なんというか、すごいやばい以外の言葉が出てこなかった。

このテレビの流行に便乗してるだけの、本物の日本語ラップファンから見たら疎ましがられるようなまだ日本語ラップ事情をよくわかっていない自分でも、このフリースタイルラップバトル魅力というものは本当にすごいものであると思うし、それを称賛したいと思った。

 

バトルでは、ラッパーは、映画の登場人物みたいに、わかりやすいストーリーではっきり自己を定義する。それぞれにヒップホップをやる理由と背負ってる何かがある。それはラッパー個人の過去で、そしてそれから作り上げられたラッパー自身の価値観で、これからラッパーが歩んでいこうとする確固たるスタイル。ただい、それは事実に基づいているけれど、若干盛ってる。大筋はグレたけど音楽に救われた話。みんなヒップホップドリームを掴もうとしてる。ヒップホップドリームって、しあわせ、みたいな感じ。がんばるとなぜか辿り着くところ。お金があって、友達がいて、パーティ。


その広義の「人間」というものをバトルでdisり合って、それでもなおブレないかっこよさがあることが、フリースタイルラップバトルの勝ちだと思う。
作り上げられた自己像同士の中で戦うからこそ、演劇の台詞みたいな恥ずかしいことも言える。ヒップホップの魂 俺の人生の証、これおわかり?みたいな。でも、多くの人間が心の中で思ってしまっている恥ずかしいことで、それはその恥ずかしい表現以外に表現しようがないけれど、それを演劇的な形式の口実のもとで、恥じらうことなく言い合えるこのラップバトルの舞台って、素晴らしいんじゃないかって思う。演劇なのに、あらすじがなくて、上辺の台詞ではなく本音がでてくる、なんていう転倒。


実際に観てみると、その人だけの人生によって作り上げられた魂をぶつけて捻り出してくる言葉、声、動きに、思いもよらず心動かされて歓声を上げたりする。大学院生としては、論理だけじゃ割り切れないかっこよさがモノを言う勝負に、コンプレックスと憧れを感じながら、ものすごくドキドキした。
そして人間個々がそれぞれの人生のストーリーと形成されたスタイル持っていて、どれも尊敬できるものであることに、人間というものに対する愛おしさを感じる。そしてラップは、中卒の不良と仲間と音楽みたいなステレオタイプな偏見があるけれど、実は誰にでも門戸は開かれている。社畜も自由人も不良も人類皆ラッパー予備軍。わたしも溢れんばかりのかっこいいリリックで相手をかませるように人生に誇りを持って生活したい